木管トリオについて
「木管三重奏曲」清瀬保二が戦前に取り組んだ室内楽のほとんど最初のころの作品である。
初演は1938年12月19日、日本現代作曲家連盟主催 第7回作品発表会“室内楽の夕べ”。演奏は fl 宮田清蔵 cl 辻井富蔵 fg 上田仁。
直後の1938年12月28日、おそらく同じ演奏家により放送された。その放送は、第二放送に移ったりしながらもかなりの日本作品をラジオ聴取者の耳にとどけた現代日本音楽という番組。このときは、尾崎宗吉の「ヴァイオリン・ソナタ第二番」との組合わせで、『東京朝日』同日付ラジオ文化欄には「新人作曲家の室内楽2曲」として、各作曲家のコメントも載った。
戦後の演奏記録としては1983年11月28日、日仏会館ホールにて、第4回クリティーク80コンサート「阻まれた展開」。演奏は、fl 野口龍、cl 森田利明 fg 霧生吉秀(ライブカセット「阻まれた展開」製作クリティーク80)また、1989年11月11日、旧東京音楽学校奏楽堂、林光構成/近代日本の室内楽1930〜40年代の作品 第2夜では、fl 小泉浩 cl 鈴木良昭 fg 前田信吉
作曲者のことばより
以下は1964年、始めての邦楽器作品「尺八三重奏曲」に取り組んだときのものだが、参考までに。
「僕は三重奏が好きなんだ。三重奏形式というのは、空間をいかにしてもたせるかという点でとても興味がある。ヨーロッッパの音楽には三重奏曲というのは少ない。ところが、日本では、生け花でも三つでバランスを取るし、お餅だって三つ重ねだし、四つにしたら面白くないんだな。」
管楽器への取り組みはフルートとピアノのための「レントとアレグロ」(JFC発行)が最初だが、このときのフルートは平尾貴四男。平尾妙子夫人からきいた話。練習をきいていると「小銭(こぜに)がな—い。小銭がなーい」と聞こえた、とのこと。たしかにそんな風にきこえるほどごく親しみやすいメロディーが印象的だ。同じようにこの「木管トリオ」も、「弦楽器とちがって力のいれようがない」などといっているように、肩の力を抜いて書かれた作品に思えて、とくに、若い人たちに気軽に演奏してもらえるといいが、と願って出版した次第である。 (小宮多美江)


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