2011年9月 4日 (日)

木管トリオについて

「木管三重奏曲」清瀬保二が戦前に取り組んだ室内楽のほとんど最初のころの作品である。
 初演は1938年12月19日、日本現代作曲家連盟主催 第7回作品発表会“室内楽の夕べ”。演奏は fl 宮田清蔵 cl 辻井富蔵 fg 上田仁。
  直後の1938年12月28日、おそらく同じ演奏家により放送された。その放送は、第二放送に移ったりしながらもかなりの日本作品をラジオ聴取者の耳にとどけた現代日本音楽という番組。このときは、尾崎宗吉の「ヴァイオリン・ソナタ第二番」との組合わせで、『東京朝日』同日付ラジオ文化欄には「新人作曲家の室内楽2曲」として、各作曲家のコメントも載った。
 戦後の演奏記録としては1983年11月28日、日仏会館ホールにて、第4回クリティーク80コンサート「阻まれた展開」。演奏は、fl 野口龍、cl 森田利明 fg 霧生吉秀(ライブカセット「阻まれた展開」製作クリティーク80)また、1989年11月11日、旧東京音楽学校奏楽堂、林光構成/近代日本の室内楽1930〜40年代の作品 第2夜では、fl 小泉浩 cl 鈴木良昭 fg 前田信吉

作曲者のことばより
 以下は1964年、始めての邦楽器作品「尺八三重奏曲」に取り組んだときのものだが、参考までに。
 「僕は三重奏が好きなんだ。三重奏形式というのは、空間をいかにしてもたせるかという点でとても興味がある。ヨーロッッパの音楽には三重奏曲というのは少ない。ところが、日本では、生け花でも三つでバランスを取るし、お餅だって三つ重ねだし、四つにしたら面白くないんだな。」
 管楽器への取り組みはフルートとピアノのための「レントとアレグロ」(JFC発行)が最初だが、このときのフルートは平尾貴四男。平尾妙子夫人からきいた話。練習をきいていると「小銭(こぜに)がな—い。小銭がなーい」と聞こえた、とのこと。たしかにそんな風にきこえるほどごく親しみやすいメロディーが印象的だ。同じようにこの「木管トリオ」も、「弦楽器とちがって力のいれようがない」などといっているように、肩の力を抜いて書かれた作品に思えて、とくに、若い人たちに気軽に演奏してもらえるといいが、と願って出版した次第である。  (小宮多美江)

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2011年9月 1日 (木)

清瀬保二のカルテットについて

初演は1952年6月6日、新作曲派協会第9回作品発表会、YMCAホールにて、演奏はラモー弦楽四重奏団(桑澤雪子、島田猛、松浦君代、吉田貴壽)。
 作曲家没後の1982年1月28日、大分文化会館ホールで、ソナーレ弦楽四重奏団によって30年後の再演が行われた。次に松山で1990年8月5日、現代日本の音楽同好会発足10年記念、清瀬保二生誕90年記念演奏会において、同じくソナーレ弦楽四重奏団により演奏されている。 
 1998年9月30日、紀尾井ホールにての、Concert20-21 日本の作曲・21世紀へのあゆみ 第3回において、ニューアーツ弦楽四重奏団(小林健次、平尾真伸、江戸純子,苅田雅治)で演奏され、そのライブCD があるが。
 今回の浄書は柳澤康司により入念に作成された。その制作過程で、私自身も、この作品の真価をますます強く感じた次第。
 以下に初演当時の批評を抄録するが、9回を数えた新作曲派協会の発表会もそのあとが続かなかったばかりか、明らかに時代の流れが変わってしまったのだ。そのため、同じく弦楽四重奏曲を2曲も発表した松平頼則のその時代の作品群の評価もいまだにおきざりにされたままだ。

新作曲派協会発表会評(1952年6月7日、東京)山根銀二は、
「九回目の発表会で、今度はいつになく充実している」ということばではじめているが、「清瀬保二の弦楽四重奏曲はシューベルトを思わせる最初の楽章だけをとる。主題と変奏曲および終楽章は四本の音線に深い思念をこめて書いた曲とは思えない、最小限にみても四重奏らしい音感覚と形式感に欠けており、安易な妥協が感じられる。」
新作曲派協会発表会評(1952年6月8日、東京朝日)野呂信次郎は、
 「とかく邦人作品の発表会はつまらぬという観念があったようだが、それはすでに訂正されていい。清瀬保二、松平頼則らの作曲運動も二十年になるが、今日では日本の作曲界の一方の推進力になっている。」という前置きのあと、
「清瀬保二の「弦楽四重奏曲変ロ調」は、どこか日本の田園風景でも描いたような映画音楽風な安易さがあったが、旋律と音色に温かさが感じられた。松平の「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」は二つの楽器が違った調子を弾いて、しかも音の扱いは先端的な手法だが日本的な味がかみしめるように味わえた。」
 という具合で、私はあらためて野呂さんの同時代作曲家の創造活動への共感度を認識した。(小宮)

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2011年8月30日 (火)

新刊 2点

新刊楽譜 2点

 とりあえず紹介します。
 
清瀬保二作曲 弦楽四重奏曲(1951) ¥4,000

清瀬保二作曲 木管三重奏曲(1938) ¥3,000

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2011年4月29日 (金)

清瀬保二のソナチネ

 新刊情報
 清瀬保二「ソナチネ」(1937)を発行しました。
  付録として佐藤敏直が1972年に『あんさんぶる』誌に発表した「清瀬保二の音楽語法」の復刻も載せました。
  花岡千春によるCD『日本のソナチネ』制作にさいしてもらったきっかけと、ここ10年ほどをかけて続行してきた清瀬保二の室内楽シリーズもそろそろ終わりに近づいたいま、清瀬の室内楽の時代のさきがけの意味をも持つ作品として、きっと関心を持ってくれる人がいるにちがいない、という思いからです。

最新刊
 清瀬保二作曲 ソナチネ(1937)
    補 佐藤敏直 清瀬保二の音楽語法 ほか
                          ¥2000

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2010年9月25日 (土)

清瀬保二の八重奏曲と尾崎宗吉のヴァイオリン・ソナタ

新刊紹介  
 久しぶりに2点出しました。

 1964年の作
 清瀬保二作曲 日本楽器による八重奏曲(スコアとパート揃い) ¥6,000

 放送初演以来45年ぶりの日本音楽集団による蘇演の経験に基づき、若干の校訂を加え、これからの若い演奏者たちのために、見やすいスコアとパート譜を準備しました。
 八人編成ですが、各楽器ダブルでの演奏も考えられますし、ソロばかりでなく大編成の合奏をぜひ楽しんでくださるよう、おすすめします。
 いわゆる現代邦楽ブームより前の作ですので、以下初演当時の作曲者清瀬保二のことばを少し紹介しておきます。

 作曲者のことば(放送インタビューより)

 私は洋楽の出身なのですから、邦楽器を使ってもなにか洋楽的な構成、曲の構成ということを考えまして、それで四つの楽章としたわけです。
 第1楽章は、全合奏によるゆっくりした壮大な感じの序奏のあとアレグロとなり、第1尺八と第1箏とのユニゾンで第1主題が奏され、発展したあと、第2尺八と第3尺八にあらわれる軽快な第2主題、この主題が一番発展性を持ち、コーダをもって終ります。
 第2楽章は、遅く暗く、哀愁に満ちた曲で、とくに篠笛が重要な役割をもちます。またこの章ではチゴイネル音階を用いています。
 第3楽章は、軽快でリズミックに一つの主題がいろいろ形を変えて発展、続く第4楽章は尺八の全合奏による明るく荘重な第1主題と第2楽章にあらわれた悲しい感じとが交互に形をかえながら発展、やがて箏のリズムが主題的な機能に整えられますと、あらたに第2主題として発展し、箏もそれを受け継ぎます。最初の第1主題に似た明るい主題が全合奏にあらわれ、リズムにのって民謡風に形を変えてゆき、最高潮に達して終ります。
 全楽章を通じて一つの主題がほとんど再現されずに次ぎの主題へ引き継がれていることも特色としてあげられるかもしれません。

尾崎宗吉作曲 ヴァイオリン・ソナタ 第2番(1938)   ¥3,000

 楽譜に初演記録を書くのを忘れたので、以下に、記しておきます。

 初演は1938年12月19日、日本青年館における日本現代作曲家連盟の第7回作品発表会で、演奏vn 加藤為三郎、pf 中村ハマ で行われた。
 また、すぐあとの12月28日、当時行われていた日本放送協会の番組「現代日本の音楽」で、清瀬保二の「木管三重奏曲」とともに放送されている。同じ演奏者によると思われる。

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2009年3月31日 (火)

清瀬保二の傑作ついに発行

新刊紹介
清瀬保二「木管とハープのための5重奏曲」
            パート譜とも 4,000円

 このたびようやく清瀬保二作曲「木管とハープのための5重奏曲」(1957)のスコアおよびパート譜発行にこぎつけました。
 清瀬保二の室内楽をご存じの方なら、この曲が作曲家自身もとくに愛していた作品だということに同意されるのではないでしょうか。
 スコアは1960年11月号『音楽芸術』の挿入楽譜として発行されていますが、今回は、放送初演時のスコア、パート譜はじめ、62年の舞台初演以後ずっと使用されてきたパート譜も参照しながら、校訂に努力して作成しました。
 作曲は1957年6月、依嘱はNHK国際局で。国際ミュージック・サロン名で放送初演。放送は1回だけではなかったかもしれないのですが、それは確認できていません。挿入楽譜解説にあるように、1958年1月の山根銀二との対談、NHK第二放送『人と作品』では、啄木歌曲その他、清瀬保二主要作品のひとつとして第二楽章の一部がとりあげられています。
 「作曲者のことば」もいろいろありますが、そこでも第二楽章について触れている部分を注目したいところです。

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2008年7月 3日 (木)

新刊紹介

他社の発行ですが。
清瀬保二作曲「フルートとピアノのためのレントとアレグロ」が、JFC 日本フルートクラブ出版より出版されました。定価は税込みで945円です。
 音楽の世界社でも扱っていますので、いつものようにご注文くだされば、振替用紙同封でお送りします。
 1937年に作曲され、現代日本作曲家連盟の発表会で、フルート 平尾貴四男、ピアノ 宅孝二 で初演されたものです。
 楽譜はその後、改訂がほどこされて残されていました。これまでに、高崎と千葉で若い演奏家たちにより蘇演されています。いずれも演奏者たちが興味深い取り組みをしてくれました。
 JFCによりますと、難易度ランク B となっていますが、清瀬保二の作品への共感が基礎にあれば、演奏は決してむずかしいものではないと思います。
 尺八でも演奏可能かも知れません。
 松平頼則の「フルート ソナチヌ」、平尾貴四男の「フルート ソナチネ」、安部幸明の「フルート ソナタ第1番」と並んで、戦前にこのようなフルート曲があったことが改めて認識されるのは間違いありません。(小宮多美江)

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2008年6月 9日 (月)

新刊紹介

清瀬保二作曲
 無伴奏チェロのための二つの楽章         1,000円(税込み)

監修のことば:柳澤康司
独奏チェロのために書かれた代表的な作品として、はじめにJ.S.バッハの6つの無伴奏チェロ組曲を挙げなくてはならないだろう。バッハ以降に、このスタイルで書かれた作品は、P.カザルスの出現によりチェロ奏法に革命が起き飛躍的な進歩を遂げた19世紀末から加速度的に増え続けて現在に至り、M.レーガー、Y.イザイ、J.シベリウス、Z.コダーイ、P.ヒンデミット、G.カサド、黛敏郎 等々、枚挙にいとまがない。そのどれもが極めて個性的であり、チェロの持っている機能性を自身の音楽言語と結びつけ、この楽器の秘めている無尽蔵な表現の可能性を汲みつくそうとしているかのように思われる。しかし、それらの作品群とはまったく違った峰からチェロを悠然と鳥瞰しているのが、この清瀬保二の “無伴奏チェロのための二つの楽章”と言えるだろう。
チェロのための無伴奏作品では、一台の楽器でより多彩な表現を行うことに主眼が置かれる。4本の弦からより豊かなコードを鳴らすことやフーガの技法などポリフォニックな多層的で立体的な効果を表出させることが特徴であり常套的な手法だったが、この“無伴奏チェロのための二つの楽章”ではこうした手法は極限まで抑えられている。これによって無伴奏チェロのスタイルに対して一般に考えられていたイメージよりもむしろ、作曲家 清瀬保二のパーソナリティと音楽言語そのものの美学が際立ってきているのである。もしこの作品を絵画にたとえるのなら、色彩を排した線と墨汁の濃淡だけで描かれている墨絵のようにも感じられ、機能和声的な概念が支配しているよりも、律旋法的な旋律線の周辺に滲み出してくる実体そのものの響きを捉えているとも言えるのではないだろうか。
 2つの楽章はLentoとAllegro non troppo 緩・急の対照的な構成で曲想は第1楽章がMalinconico〜憂鬱な〜とあり、また第2楽章はシンコペーションのリズムが特徴的な民族舞曲的要素の強いものである。作曲家が細部にわたって書き込んでいる強弱記号からも、ダイナミクスによる実際的なニュアンスやバランスを綿密に計画していることが窺える。また随所に演奏面での工夫も充分に加味され、パフォーマンスする演奏家に対しての配慮を感じさせて興味深い。
1974年の初演後の直筆譜には作曲家が行おうとしたらしい更なる改訂への筆跡が認められるが、残念ながら果たされなかった。今回の監修版は、作曲家自身の幾つかのスケッチと直筆譜、チェリスト井上頼豊氏による初演楽譜などを比較研究して制作した。

作曲年 1973-4
委嘱初演 井上頼豊、1974年3月11日、井上頼豊無伴奏チェロ リサイタル—1965〜1974年の作品による- 青山タワーホール

作曲者のことば
 昭和35年に「ヴァイオリンとピアノのための2楽章」を作曲したが、2楽章の終わりに第1楽章の主題を再現した。このセロ曲も2楽章形式をとったが第1楽章の主題は再現していない。それも特別の形式を意図したわけでもないが、作曲のときの気持ち、或いは発想から自由の形式をとりたいと思っただけである。
 第1楽章はレントで憂愁な感じがゆれ動いている。このため同一音がフラットになり、またシャープになり、まとまりにくい進行で終わっているが、冒頭の主題D音を主音にした律旋法である。
 第2楽章は早い速度で、律動的である。冒頭の主題D音を主音にした律旋法であるが、終曲の2小節で突然G音を主音にした律旋法で終わっている。
 2楽章で終わらせたのも、昭和35年に作曲した「ヴァイオリンとピアノのための2楽章」に通じる発想が無意識にあるかも知れない。不安定な現実からの無意識な所感であるのかどうか。

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