生誕百年に向けて演奏してください!!
紺野陽吉の「弦楽三重奏曲」と「二重奏曲」のスコアおよびパート譜ができました。演奏してみようと思われる方、ご連絡ください。すぐに送ります。
紺野陽吉
1913(大正2)年5月16日、山形県西置賜郡東根村大字畔藤(現白鷹町畔藤)2778 に生まれ、1945(昭和20)年10月13日、牡丹江(戦死公報による)没。
生年は、伊福部昭の一つ上、尾崎宗吉の二つ上、没年月日をみれば敗戦の日から2ヶ月後である。どのような死であったのか、白木の箱には名前の記された紙片以外なにひとつ入っていなかったとのこと。なんとも口惜しいが、今は音楽をよみがえらせることの方へ向かおう。
紺野陽吉の曲にはだれもが親しみをおぼえずにはいられない、その根源は、地図を見、地形を想像し、そこにあったであろう暮らしまで思いめぐらせればすぐわかる。
現在の町名白鷹は、千メートル弱の白鷹山が北東に位置するゆえにちがいないが、町のそばを流れるのは最上川。山形県を貫通し、長さも日本有数の、そしてかの「最上川舟歌」を生んだ川である。紺野の旋律のゆたかさの源はこれだったかと納得されよう。父は、浅立から紺野家に婿入りしたというが、それから学費を得て慈恵医大を卒業、村一番の医者として生きた。祭りともなれば獅子舞が紺野家をめがけて集まったことだろう。
紺野陽吉の音楽はどんな音楽なのですか?という問いに対する答えはこれだけで十分ではないだろうか。
ただそれが歌ではなく、弦楽器による三楽章、十数分の室内楽なのである。


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