東京農業大学管弦楽団と尾崎宗吉
尾崎宗吉については、やり終えた感もあるのだが、CDに書き落とされたものに、ある大学管弦楽団の定期演奏会の曲目に尾崎宗吉編曲の数曲があった事実がある。出版譜の方には記録してあるが、詳報を得たので記録しておく。
というのも、もう一人の戦死者紺野陽吉は、服部正率いるコンセール・ポピュレール(後に青年交響楽団と名乗ることになる)の第2ヴァイオリンの席にいた、これが今わかっているごくごくわずかな経歴だからでもある。
さて、ある大学とは、東京農業大学管弦楽団のことである。
記録によれば、1928年に音楽部として発足し、第1回演奏会を1932年2月21日にひらいていが、のち、新響(現N響)の加藤為三郎を迎え、1938年10月24日には、第10回定期演奏会を日本青年館で開いている。
そのときの曲目に、尾崎宗吉編曲によるヘンデルのサラバンドとハイドンのロンドが入っているのである。
それは同大が青山にあった時代だが、戦中戦後の短い中断はあったにせよ、東京農業大学管弦楽団は現在、大いにさかんな活動をつづけているようである。
自分たちの団史のなかにこのような事実があること、多くの聴衆にもなんらかの形で伝えられることを祈りたい。
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